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オリジナル創作小説に関するあれこれを書き連ねる
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「……」

 午後、昼下がり。
 機械工学の本に、ちょっと気になる記述があったから、カルデラにも意見を訊いてみよう――と思って、彼の元を訪れたのだが。

 青年はひとり、古びた壮麗な装飾の本に読み耽っていた。
 その熱心さときたら、近寄るレティシアに気づかないほど。

(……べ、べつに、いいですわ)

 構ってほしいとかそういうのではないので、べつにいい。
 気になる記述だから、意見が訊きたいというだけで、べつに分からないところとかではないのだ。
 ……分からないところ、とかではないのだ……。

(それにしても、ほんとうに気づいていないのでしょうか?)

 うしろからこう、わっ!ってやったら、驚くだろうか。
 レティシアは両腕を持ち上げ、そろそろうしろから忍び寄る。

「魔法書デスヨ?」
「きゃあ!」

 青年が突如振り向いたので、レティシアはびっくりして飛びずさる。カルデラはキシシと笑った。レティシアは驚かさないでください、と憤慨する。カルデラはだってレティシアサンが近づいて来たんだもんよ、とおもしろがる。

 レティシアはむうと頬をふくらませながら、それでも興味をひかれてカルデラの持つ魔法書を覗き込む。
 見たことのない言語だ。

(よ、読めませんわ……)

 今まで読めなかった本などないのに。レティシアはショックを受ける。

「俺様が書いたんだ。呪文の辞典みたいなもんだ。誰にでも使いやすいってのがウリでベストセラーになってな、最近見つけたんだよ。いやー懐かしーな」
「は、はあ……」
「レティシアサンも魔法とか興味ある? 魔法少女とか憧れてるんデスカ?」
「そっ、そんな子どもっぽい趣味ではありません!」
「レティシアサンもたった一つの望み、俺に使って魔法少女になっちゃうのかなあ……レティシアサンのソウルジェム青っぽいしなあ。かわいそうに。大丈夫、俺にしときゃレティシアサンを魔女なんかにはさせないですよ」
「な、なにを言っているのですか?」

 レティシアは何が何だか分からないというように首を傾げる。

「ま、簡単だぜ、こんなん。つーか、ただのゲルマン語だし。読みさえ覚えて精霊に好かれれば使えるんだ。
 どれ、ひとつ、使ってやんよ」

 長い人差し指をぴっとレティシアに突き付ける。レティシアはとっさにぎゅっとまぶたを閉じる。

「――イッヒ=リーベ=ディッヒ」

 詠唱が、終わる。てっきり何か魔法が飛んでくると思っていたレティシアは、何も起こらないのでぱちぱち目を瞬かせる。

「なんつってね」

 カルデラはいつものとおり、にやりと笑った。
 レティシアはしばらくの間ぽかんとしていたが、数瞬経って、いつものとおり、からかわれたのだろうと思い当たる。

 レティシアは、魔法はさっぱりだ。
 だから、何かそちらの言語で、はかだとかあほだとか、とにかくそのような聞くに耐えないことを言ってのけたのだろう。
 それが具体的になんだったのかは分からないが。

(ぜったい、ぜったい馬鹿にされましたわ……!)

 レティシアが目を吊り上げてき、とカルデラをにらむと、青年はいつものとおり、にやりと笑ったのだった。

 少女がその呪文の意味を知るのは、そのずっとあとのこと。
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