オリジナル創作小説に関するあれこれを書き連ねる
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1-1(前半)
許されない嘘をひとつ、ついた。
*
息が弾む。酸素が足りない。肺が悲鳴を上げ始めている。喘ぎ、肩で呼吸をする。少女は千切れそうな手足を鞭打って走る。肩口が焼けるように熱かった。鮮血が腕を伝い、鉄の臭いが鼻先を突く。
背後からは、獣。逞しく筋肉のついた両足が躍動し、音も無く地を駆ける。その数、十数匹。群れである。
“渡セ”
獣が走りながら、低い声で少女に唸る。
(なんだよ、渡せって……!)
少女は泣きそうになりながら、木々の間を縫う。
――こんなのに追われるいわれなんて、ないのに。
めぐらされた根が足に絡み、転びそうになる。荒い息が、むうわりと背に届く。腐肉を思わせるにおいだ。少女はぞっと身をすくませる。
(森も、こんなじゃなかったはずだ。おかしいよ、ついこないだまで普通だったのに、突然ヘンなことがたくさん起こって)
瞬間。獣の爪が、少女のまとうマントをかすめた。
「!」
足をもつれさせ、ぐらりと体勢を崩す。受身もとれないまま、湿った地面に叩きつけられる。慌てて体勢を起こすが、そのときにはもう、遅かった。
粘性のある涎が、目の前でだらりと垂れる。
“渡セ”
「な、何を渡せって言うんだ……! 俺、何も持ってないぞ!」
ぶるぶると震える身体を懸命に抑え、口だけは気丈に言う。されど身体は言うことを聞かない。糸が切れたように、動かない。死の恐怖に、少女の喉がひゅうと鳴る。
(――俺、ここで、死ぬのか)
目を伏せて、ぎゅと唇を噛み締める。冷え切った指先で腰に帯びたレイピアを握るも、抜き放つだけの力が湧かない。脳裏に走馬灯が駆けめぐり始める。
(だめだよ。だめだ。お祝い、しなきゃいけないのに)
少女はこれからやらねばならないことがたくさんあるのだ。この森を通ったのも、友人の結婚祝いを隣村から買ってくるためである。出世する友人も送らなければならない。幸せそうに笑う娘と、誇るように立派な外套をまとう青年との顔が思い浮かんでは消える。
それに。
(どうしてる、かな……)
幼い頃いっしょに遊んだ、隣村の少年。いつも一人でいる彼と、時々会っては遊んだものだった。
ある日突然、行方不明になった。たいそう心配したものだ。村の人々に聞いても、口を閉ざして険しい顔つきをするばかり。
少年はうとまれていたのだから、村の人に追いやられたのかもしれないと、少女は思っていた。
あれからどこで何をしているのか、そもそも生きているのか。
生きているならまた会いたいと、ここ最近思い出していたのだが――。
(もう会えない、のかな)
意識が遠のいてゆく。貧血だ。肩口の傷がすっかり開いてしまったらしい。獣の爪が眼前に迫って、少女はまぶたを閉じる。
瞬間。
銀色の光が、閃いた。
薙いだのは、剣。風を切って刀身がきらめく。舞うような剣戟だ。まとわりつく下草も、張り出した木の根も無いかのように軽やかに駆けてゆく。夜空のような藍色の外套がはためいた。
切り伏せて、影は、こちらに視線を向けた。日暮れの空の青紫が少女を映す。銀の髪がさらりと宙になびいた。端正な、されど愛想のかけらもない厳しい表情。
――先ほど思いを馳せた少年と、同じものだった。
(ブルー?)
声を発そうとして、唇だけがひくりと震える。すう、と血が下がってゆく。視界が黒に染まって――少女は意識を失った。
*
息が弾む。酸素が足りない。肺が悲鳴を上げ始めている。喘ぎ、肩で呼吸をする。少女は千切れそうな手足を鞭打って走る。肩口が焼けるように熱かった。鮮血が腕を伝い、鉄の臭いが鼻先を突く。
背後からは、獣。逞しく筋肉のついた両足が躍動し、音も無く地を駆ける。その数、十数匹。群れである。
“渡セ”
獣が走りながら、低い声で少女に唸る。
(なんだよ、渡せって……!)
少女は泣きそうになりながら、木々の間を縫う。
――こんなのに追われるいわれなんて、ないのに。
めぐらされた根が足に絡み、転びそうになる。荒い息が、むうわりと背に届く。腐肉を思わせるにおいだ。少女はぞっと身をすくませる。
(森も、こんなじゃなかったはずだ。おかしいよ、ついこないだまで普通だったのに、突然ヘンなことがたくさん起こって)
瞬間。獣の爪が、少女のまとうマントをかすめた。
「!」
足をもつれさせ、ぐらりと体勢を崩す。受身もとれないまま、湿った地面に叩きつけられる。慌てて体勢を起こすが、そのときにはもう、遅かった。
粘性のある涎が、目の前でだらりと垂れる。
“渡セ”
「な、何を渡せって言うんだ……! 俺、何も持ってないぞ!」
ぶるぶると震える身体を懸命に抑え、口だけは気丈に言う。されど身体は言うことを聞かない。糸が切れたように、動かない。死の恐怖に、少女の喉がひゅうと鳴る。
(――俺、ここで、死ぬのか)
目を伏せて、ぎゅと唇を噛み締める。冷え切った指先で腰に帯びたレイピアを握るも、抜き放つだけの力が湧かない。脳裏に走馬灯が駆けめぐり始める。
(だめだよ。だめだ。お祝い、しなきゃいけないのに)
少女はこれからやらねばならないことがたくさんあるのだ。この森を通ったのも、友人の結婚祝いを隣村から買ってくるためである。出世する友人も送らなければならない。幸せそうに笑う娘と、誇るように立派な外套をまとう青年との顔が思い浮かんでは消える。
それに。
(どうしてる、かな……)
幼い頃いっしょに遊んだ、隣村の少年。いつも一人でいる彼と、時々会っては遊んだものだった。
ある日突然、行方不明になった。たいそう心配したものだ。村の人々に聞いても、口を閉ざして険しい顔つきをするばかり。
少年はうとまれていたのだから、村の人に追いやられたのかもしれないと、少女は思っていた。
あれからどこで何をしているのか、そもそも生きているのか。
生きているならまた会いたいと、ここ最近思い出していたのだが――。
(もう会えない、のかな)
意識が遠のいてゆく。貧血だ。肩口の傷がすっかり開いてしまったらしい。獣の爪が眼前に迫って、少女はまぶたを閉じる。
瞬間。
銀色の光が、閃いた。
薙いだのは、剣。風を切って刀身がきらめく。舞うような剣戟だ。まとわりつく下草も、張り出した木の根も無いかのように軽やかに駆けてゆく。夜空のような藍色の外套がはためいた。
切り伏せて、影は、こちらに視線を向けた。日暮れの空の青紫が少女を映す。銀の髪がさらりと宙になびいた。端正な、されど愛想のかけらもない厳しい表情。
――先ほど思いを馳せた少年と、同じものだった。
(ブルー?)
声を発そうとして、唇だけがひくりと震える。すう、と血が下がってゆく。視界が黒に染まって――少女は意識を失った。
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